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好きな戦国武将

2008-02-18-Mon-14:17
ttp://www.geocities.jp/senryusai/mizuno.html

戦国板の水野スレから転載
◆水野勝成の華麗な戦歴◆ 前半生
・掛川対陣。○ 徳川家康VS武田勝頼。徳川家康の麾下、水野忠重の指揮下。武田勝頼戦わずして撤退。勝成、初陣の功名を上げられなかったとして涙を流した。
・第二次高天神城の戦い ○ 徳川家康VS岡部元信。織田信長の与力大名。徳川家康への援軍。朝比奈弥六、その外首十五。織田信長から左文字の名刀と感状を貰う
・武田征伐 ○ 織田信長VS武田勝頼。織田信忠の麾下。水野忠重の指揮下。
・本能寺の変 ? 水野忠重、信長の軍に属し、中国攻めのため宿陣中この変に遭う。忠重には明智に加担していた疑惑がある。
・黒駒の戦い 〇 鳥居元忠二千VS北条氏忠一万。鳥居元忠と喧嘩して勝手に先鋒を務め、自ら内藤某を打ち取る。
・星崎城の戦い 〇 水野忠重VS岡田善治。水野軍は二手に別れ、一方を指揮。
・長久手の戦い 〇 織田信雄、徳川家康VS三好秀次。勝成、三好軍に一番槍。重臣・白井備後(偽物)と一騎打ち。討ち取る。その後、井伊部隊に参加。麾下の杉山孫六は森長可を撃ち殺す。
・蟹江城の戦い ○ 織田信雄、徳川家康VS滝川一益、九鬼嘉隆。一益の息子滝川三九郎と一騎打ち。三九郎は逃亡。
・桑名の対陣 △ 水野忠重VS羽柴秀吉。この後、勝成、水野家勘定奉行の富永半兵衛を斬って奉公構にされる。
・浪人中、京都清水で喧嘩して、刃傷沙汰を起こす。
・紀州雑賀攻め ○ 羽柴秀長(筒井定次とも)軍として参加。秀吉から七百石。
・四国長宗我部攻め ○ 羽柴秀次軍として参加。秀吉から七百石。
・戸次川の戦い × 仙石秀久VS島津家久。帰還の船の中、同僚を斬り殺して出奔。秀吉に刺客を放たれる。虚無僧になって逃亡。
・美作流浪。野武士の安東国貞の娘婿になるが、身持ちの悪さを注意され逆切れ、国貞を殺して逃亡。
・九州攻め ○ 佐々成政の麾下として参加。
・肥後一揆 ○ 佐々から千石。
 隈本城救援軍の先鋒を任される。佐々家で千石。
 救援軍の立花宗茂に合力。十時連貞と合言葉を掛け合い、無事兵糧入れ作戦を成功。
 田中城攻め 一番槍。
 首謀者の隈部親子を討ち取ったという説あり。
・志岐・天草一揆 ○ 小西家で千石。
 志岐城攻め 先鋒を任された小西主殿介の補佐。
 天草城攻め 攻撃命令がでてないのに清正と呼応して攻略。自ら敵を殺す。女武者と戦った逸話あり。乱鎮圧後に出奔するわけだが、このとき、行長の本陣に首を投げつけたとか、行長の弟に手傷を負わせたとかの逸話あり。
・長岩城攻め ○ 黒田長政VS野中重兼。黒田家で千石。後藤又兵衛と並び評される活躍。黒田家からも出奔。長政から追っ手を駆けられる。
・朝鮮出兵 三村親成の麾下。十八石。三村家の姫を妻とする。たぶん、毛利麾下の三村軍として渡海したのでは? ちなみに三村家では茶坊主を殺して出奔するも、すぐに帰参。
・再度三村家出奔。上京途中で盗賊退治した逸話あり。
◆水野勝成の華麗な戦歴◆ 後半生
・関ヶ原の役 家康麾下。三万石。
 岐阜城攻め 勝成も参加していたという説もあるが、なにしていたか不明。2ちゃんねる情報だと、ミミズ食ってみせて諸大名をビビらせていたという。
 曽根城の戦い ○ 水野勝成VS島津義弘。曽根城を襲った島津に、援軍に駆けつけた勝成が鉄砲を撃つ。義弘はすぐに撤退。おそらく両軍とも死傷者なし。
 大垣城の戦い ○ 水野勝成三千余人VS福原長堯六千余人。関ヶ原の本戦が始まるまえに開戦。三の丸を占拠し、二の丸まで攻め込む。本戦から逃亡中の義弘は大垣城に入ろうとしたが、落城と誤認して方向転換。本戦後に内応工作を用いて攻略。
・大坂冬の陣
 博労淵砦の戦い 家康から大砲の用意を命じられる。勝成に手柄を独占されると心配した蜂須賀が抜けがけ。
 天満橋の戦い ○ 森忠政VS堀田盛高? 森忠政の軍監として救援に駆けつける。ちなみに前任の城昌茂を勝成は職務怠慢で叱責し改易。自らが後任になった経緯がある。
・大坂夏の陣
 大和の戦い ○ 水野勝成VS大野治房 治房軍は、奈良に勝成着陣の風聞に、四里退去。その後、追撃で数人討つ。
 道明寺の戦い ○ 水野勝成VS大野治長。大和口総大将は勝成だが、諸大名、特に伊達政宗はまったくいうことを聞かず、背後から鉄砲まで撃たれた。水野家臣河村新八郎が薄田兼相を討つ。勝成が自ら槍を持って後藤又兵衛、薄田兼相を討ったという伝説あり。
 天王寺・岡山の合戦 ○ 徳川家康VS豊臣秀頼。真田信繁の寄騎・大谷吉胤を討ち取る。明石全登を撃破。勝成家人の汀三右衛門が全登を打ち取ったという説あり。大坂城桜門に一番旗。
 家臣に下賜した名馬檜木が、伊達軍にあると知った勝成は、帰路、淀の橋に家中のものを置き、政宗の軍勢が通るのを待ち受けさせ、檜木を引いて通りかかった馬取り、付き添いの徒士まで斬り殺して、この馬を奪い返した。伊達からの抗議はなかったという。
・島原の乱 ○ 松平信綱の麾下。十万石。勝成が到着すると総攻撃決定。すぐに攻略される。このときも勝成自ら前線に立って首を取ったという伝説があるらしい。原城一番乗りを争う(戦後、水野と有馬のどちらが一番乗りかで騒動になったが、公式には決まらなかった)。
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